ひとりごと

ただオタクがわめくだけ。

6年目の話

お久しぶりです

 

もう三月もこんなところまで来てしまったんですね

私はようやく就活と向き合い始めて、一生懸命パソコンポチポチしたりESのネタを考える毎日を過ごしています。

 

3月というのは何とも落ち着かない気持ちになる月ですね。

急に暖かくなったり、蕾が膨らむ花々に心を躍らせたり。

光の色も変わり、柔らかな空気に包まれる、春の足音が少しずつ聞こえる、優しさにあふれた月ですね。

高校までのいろいろな思い出を振り返っちゃったりしちゃうのも、卒業式やいろいろなイベントがこの月に集まっているからなのでしょう。

 

三月は出会いの季節でもあり別れの季節でもあり、私にとっては忘れられない月です。

 

 

あの日以来、妹はきくらげが食べられなくなりました。

なぜかうちに大量にあったきくらげが、あの日以来毎日1か月以上食卓にスープとして出ていたからです。

何ともあほらしい理由ではありますが、それだけ大きなトラウマなのだそうです。

 

あの日以来、私はそれまで自分の部屋だった場所で寝ていません。

窓ガラスが割れ、その日からしばらくはリビングに寝て、引っ越しをして、実家が戻った時には私は大学生になり、その部屋は兄の部屋になりました。

そのころ一緒に寝ていたプーさんのぬいぐるみ、いつの間にか私のそばにはいません。

 

情報が途切れるのが不安で、リビングにみんなで布団を敷いてテレビをかけたまま数日寝ていたので、今でもテレビをかけたまま眠ると不安な気持ちになります。

寝る間際に目に入った火事の映像は今でも鮮明に思い出せます。

真っ暗な中に赤、オレンジ、黄色の光のある光景は、ただただ私を不安にさせました。

 

毎年この周辺になると、漠然とした不安に包まれたり、体調が悪くなるようになりました。

私の人生を変える決定的な出来事をいまだに受け止められずに、地元に残る傷跡を直視できずに、6年が経ってしまいました。

人生が変わることは決して悪いことだけではないと思います。

私はまだ生傷として残るこの出来事を受け止めきれないけれど、痛みを抱えたから出会えた人もいるし、気づけたこともある。

痛みは、傷は、苦しみは、ない方がいいに決まっている。

でもどうしても引き受けなければならないなら、そこに何かの意味を見いだすしかない。

そうしていつか、この痛みや傷や苦しみが、かさぶたになり、傷跡になり、思い出になり、優しく触れられるようになった時に、そのことをまとめて振り返って「こんなに時間が経ったんだな」って思い返せればいいんじゃないかなって。

 

 

忘れちゃいけないなんてみんなは言うけれど、究極をいえば忘れたっていいと思う。

毎年この日が来て、苦しくなって、泣きたくなって、孤独を感じて、そんなことに意味はない。

忘れちゃいけないのは悲しみじゃない。

 

今日できることは明日できるとも限らない。

今日会えた人に明日会えるとは限らない。

今日しなかったことを明日公開することすらできないかもしれない。

そんな当たり前のことを思い出す、私にとってとても重要な日です。

 

精神的に弱いのですぐメンブレを起こしてしまうけど、私は今のところ元気に生きています。

ただ生きていればいい、って思えるのも今日があるからかな。

 

 

6年ってすごく長くて、すごく早い。

生まれたばかりだった子は小学生になる。

小学1年生だった子は小学校を卒業する。

高校1年生だった私の同級生は大学を卒業して就職する。

 

いろんなことがあった。

何もかも投げ捨てて消えてしまおうかと思ったこともあった。

でも生きてるだけ十分。

 

 

今日NHKのニュースを見ていたら画面の下のほうに東北3県からのコメントが紹介されていた。

福島県の人のコメントに「宮城県は頑張っていると思う。」というコメントがあってすごく胸が痛んで、案の定メンブレを起こした。

同じように地震にあって、被害はむしろ宮城県のほうがすごくて大変なのに、福島県はだめみたいな言い方に聞こえてしまうんだろうって。

 

私の故郷は確かに宮城県岩手県と同じように復興していったのでは壁にぶつかる理由がある。

信用されない、避けられる、はれ物扱い、そうなる理由がある。

私の家が近いわけではないので直接何か被害があるわけではなくても、もう思い出の場所に行くことができない。

それだけだってかなり精神的に厳しい。

でもマイナス思考になったりしたって意味ないなって最近思うからさあ、福島も頑張ろうよって気持ち。

いや、なんか頑張ろうよっていうより希望を持とうよって感じか

誰を責めても仕方ない。

起こってしまったことを悔んでも仕方ない。

 

私はたぶんこの6年間、あの後すぐ逃げるように地元から離れたことをすごく後悔していて、みんなが頑張って乗り越えているのを見て応援することしかできないのが辛くて、なんならこのまま死んでしまった方がいいなあとすら思っていたし、きっとこれからも、あの日の決断がどうしてもそれしか選択肢がなかったと理解していても、悔やみ続けるんだと思うけど、福島は私の大事な故郷なので、これからと向き合い応援していこうと思います。決意表明。

 

7年目に向かって私はこれからも向き合い続けるけどできるなら忘れたいと思った6年目でした。